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『ブラウン神父物語』G・K・チェスタートン [散読記]

この小男の司祭はあのイングランド東部の間抜け者の典型のようであった。顔はノーフォーク名物のゆで団子のように丸くてずんぐりしているし、目は北海(ノース・シー)のように虚ろである。茶色の紙包みを五つ六つ持っているのだが、それをまとめておくことすらできない態(てい)たらくであった。(「青い十字架」)

背が低くずんぐりとした、いかにも風采の上がらない小男の司祭。これが主役の名探偵、ブラウン神父である。

ブラウン神父物語

ブラウン神父物語

  • 作者: G.K. チェスタートン
  • 出版社/メーカー: 嶋中書店
  • 発売日: 2004/12
  • メディア: 文庫

しばらく前にYuseumさんのブログで、「グレートミステリーズ」というシリーズが嶋中書店から刊行されているのを知り、すごく欲しくなってしまった。
なにしろ和田誠さんの装丁が素敵。
どの本も、作者の特徴をとらえた肖像画が真ん中に大きく描かれ、和田さんらしい渋めの色遣いの都会的な表紙に仕上がっている。
中身も大事だけど、本はまず表紙が魅力的でないと。

黄色い部屋の謎 

 

 

 

 ガストン・ルルー。

ビロードの爪 

 

 

 

 E・S・ガードナー。

三谷幸喜のありふれた生活3  大河な日日 

 

 

 
おっと違った、これはミステリーじゃありません。でも和田誠さんの装丁。


「グレートミステリーズ」は第1期が10巻、第2期が現在2巻まで刊行されている。この中から真っ先に選んだのが、昔から気になりつつ一度も読んだことがなかったブラウン神父の短編集だ。

変わった作風だな、というのが第一印象。
まず事件が起き、探偵が登場し、複雑なトリックを見抜いて鮮やかな謎解きをするというのがミステリーの王道だとすれば、この本ではそういう期待はたびたび肩透かしを食う。まさに事件が起きようとする一歩手前で解決してしまったり、みすみす犯人を逃してしまったり、いまさら解決しようもない歴史上の逸話の謎を追究してみたり。
しかしそんな奇抜さが逆にこの本のおもしろさ。読み進むにつれてじわじわと引き込まれてしまう。

たとえば「青い十字架」では、あたかもパリの名探偵ヴァランタンが主人公であるかのように物語が始まる。彼は、国際的犯罪者・フランボウを追いかけてロンドンへやってきたところ。
フランボウは殺人を犯さない窃盗犯であり、変装の名人であり、奇抜な手口でいつも新聞をにぎわせる人物。そんなフランボウを探して汽車に乗り込んだヴァランタンと偶然乗り合わせるのが、冒頭に引用した場面のブラウン神父なのだ。
その後、汽車を降りたヴァランタンが立ち寄る料理店、果物屋、菓子店などで次々に発見される奇妙なしるし。事件が起きているのかどうかさえわからないまま、ヴァランタンの追跡はついに二人連れの神父にたどり着く。

「奇妙な足音」では、脳溢血で倒れた給仕人の遺言を聞き取るために呼ばれたレストランで、ブラウン神父は小部屋にこもったまま、廊下の足音を聞いただけで犯罪を見抜くという離れ業をやってのける。

全体にプロットとしてはかなり時代がかっている印象があるにせよ、なかなかユニークで楽しめる。なぜ彼が数々のトリックを見破るかといえば、ローマカトリックの司祭として、さまざまな犯罪者の懺悔を長年聞きつづけているからだ。その手の知識にかけては怪盗フランボウも脱帽せざるをえない。神父の知性とユーモアと人柄に心酔した彼は、のちに私立探偵となって神父の知恵を借りるようになる。


本書のもうひとつの魅力は、ブラウン神父の宗教家としての描かれ方にある。
たとえば、「天は不滅なり」という言葉を「無限の宇宙には理性を超えた何かが存在する」と解釈するフランボウに、「(宇宙は)物理的に無限なだけです」と神父は反論する。

「真理の法則から免かれるという意味での無限なではない」(「青い十字架」)

「どんなに巧妙な犯罪でも、突きつめればみなごく単純なひとつの事実――それ自体は神秘的でも何でもないある事実――に根ざしているものです。神秘化する過程は、その事実を覆い、そこから人々の関心を追いのけようとするためにはいってくるのです」(「奇妙な足音」)

「サー・アーサー・シンクレアは、前にも言ったとおり、自分なりの聖書を読む人だった。この男の問題はそこにある。自己流の解釈に従って聖書を読むのなら、あわせて他のあらゆる人々の流儀にも従って聖書を読むのでないかぎり無益だということを、いつになったら人々は理解するのだろう」(「折れた剣)

ブラウン神父は理性を至高のものとして、カルト宗教や神秘主義がはらむ危険性をたびたび口にする。こうした警句がなにやら現代にも当てはまるような気がして、何度も読み返しては深読みしてしまうのだ。

わたし自身はクリスチャンではないし、チャペルのある学校に4年間通いながら、1度もその扉を開けることなく卒業してしまった不届き者だ。たしか「キリスト教倫理」なんて必修科目もあった。こうしてブラウン神父の叡智にふれてみると、もっと真面目に聞いておくべきだったかな、と少しだけ惜しい気がしている。


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コメント 10

ゆーじあむ

チヨロギさん、コメントありがとうございました。
自分は、ブラウン神父シリーズを未熟なときに読んだので、今読み返せばチヨロギさんのように奥深い感想を感じられるかも、と考えています。まだ、読み返してはいないですが(--;)
by ゆーじあむ (2005-10-26 08:31) 

降龍十八章

私もブラウン神父を読んだのは中学の図書館から借りた本でした。単行本や文庫本は読み返してません。
原作や英語版を読んだら、何か発見があるかもしれませんね。
八百屋のリンゴをひっリ返したり、喫茶店の砂糖と塩を入れ替えたりした話が面白かったですね。
by 降龍十八章 (2005-10-26 09:25) 

チヨロギ

>Yuseumさん、こちらこそありがとうございます。
かなり思い込みの激しい感想ですみません(^_^;)
その時の自分の関心事に引きつけて読んでしまうクセがあるんですよー。Yuseumさんがお読みになったら、また全然違った感想になるのではと思います。
これからもいろいろ教えてくださいね。
by チヨロギ (2005-10-27 01:51) 

チヨロギ

>降龍さん、こんばんは。
「青い十字架」ですね。わたしもこの話、好きです。
ブラウン神父ものはなんとなく読みそびれていたので、かえって先入観なしに楽しめたのかもしれません。
えーと英語版の読破については、降龍さんにお譲りしたいと思います(^_^;)
by チヨロギ (2005-10-27 01:52) 

降龍十八章

ボクが読んだのもこの青い十字架と奇妙な足音が収録されているものでした。
さすがに、神父の宗教観までは考えなかったですね。もう一度読んでみたいですね。
by 降龍十八章 (2005-10-31 13:09) 

チヨロギ

チェスタートンは宗教学に関する著作もあるようなので、作者の宗教観や当時の時代背景が反映されているんじゃないかなー、と勝手に想像しています。
でも古典的なミステリーとしても充分楽しめました。再読にたえる作品ではないかと思います。
by チヨロギ (2005-10-31 15:24) 

降龍十八章

チェスタートン!Who?って感じです。
ブラウン神父の原作者なんて、考えたこともなかったです。
by 降龍十八章 (2005-10-31 22:33) 

チヨロギ

あまり多作ではなかったようなので、そのせいではないでしょうか。
わたしもこの本を読むまでは名前すら知りませんでしたから・・・。
by チヨロギ (2005-11-01 01:10) 

meitei

こんばんは、前に一度おじゃましました。
和田誠と言えば、僕は村上春樹との共著「ポートレイト・イン・ジャズ」を思い出すのですが、昔読んでた朝日新聞の連載「ありふれた生活」の挿絵と同一人物だということになぜか今まで気づかなかった。不思議だ。
 ブラウン神父の最後の言葉、アメリカの大統領閣下に聞かせてやりたいような感じでしょうか。
by meitei (2005-11-05 23:33) 

チヨロギ

meiteiさん、こんばんは。
ジャズ音痴なのでその本は読んでいないんですが、素敵な表紙ですよね。わたしが持っている村上春樹本というと、安西水丸さん(村上朝日堂)や佐々木マキさん(羊男)のイメージが強いんですけど、和田誠さんも含めて、本の魅力を引き出す装丁の力を改めて実感しました。
「折れた剣」の神父の言葉ですが、まさに!わたしも閣下を思い浮かべておりました。自分の流儀でしか聖書を読めない・・・あらゆる不幸の原因がそこにあるような気がしてしまいます。
by チヨロギ (2005-11-07 01:56) 

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