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東のカタチ、西のイロ:田中一光のデザイン [散読記]

関東の桜がちょうど見ごろを迎えた先週末。急な仕事が入って家から一歩も出ることができず、せめて気分だけでもと、あちこちのサイトやブログにアップされた満開の桜を、指をくわえて見ておりました。

それにしても桜の色はさまざまです。
わたしが慣れ親しんでいるのは、ほんのり淡い薄桃色のソメイヨシノですが、京都の桜などを見ると、同じ花とは思えないほど艶やかなピンク色をしているのですね。それがまた神社仏閣の朱塗りの柱などにとてもよく似合っている。いつか桜の時季に訪れてみたいものです。

京都の色彩というと思い出すのが、2002年に亡くなったグラフィックデザイナー、田中一光さんのこと。
奈良に生まれ、京都の美術学校に学んだ一光さんは、まさに「雅」という言葉がぴったりの、上品で美しい色遣いを得意としていました。

デザインという仕事とは縁もゆかりもないわたしですが、たまたま見にいった企画展で一光さんの作品を見てから、すっかりファンになってしまいました。
一光さんがアートディレクションした企業カレンダーを偶然入手したら、これがまたいいんです。
たしか「海を渡った日本の至宝」みたいなテーマで(うろ覚え)、形式としてはよくあるタイプのアートカレンダーなんですが、たとえば屏風絵の場合は大胆に一部分を拡大した構図が見事だし、カレンダーの数字の書体、配置、大きさ、色にいたるまで、もう完璧なバランス。
これを手元に残しておかなかったこと、そして2003年に開かれた回顧展に行きそびれたことが、わが一生の不覚であります・・・。

独特の持ち味は、やはり京都という土壌で磨かれたもののようです。

京都には、染織や漆陶から住まい、料理に至るまで、公家の手から受け継がれた雅やかな意匠と町方の創意が、質の高い技術と合理性に支えられて混じり合い、市民の生活の中に伝承されている。(『田中一光自伝 われらデザインの時代』35ページ)

 

  
サンケイ観世能のポスター

 
写楽二百年祭(左)と、サルヴァトーレ・フェラガモ展のポスター

 

渋谷にオープンした西武劇場(現PARCO劇場)のグラフィックデザイン全般を担当したのをきっかけに、1970年代からセゾングループ全体のデザインワークを取り仕切るクリエイティブディレクターとなった一光さんは、それまで二流デパートのイメージが強かった西武百貨店を、洗練された都会型百貨店に一変させました。
また西友の一業態として企画した「無印良品」は、いまでは一大ブランドとして定着しています。

 

一光さんは自伝の中で、

「日本のデザインは、東のカタチと西のイロに二分される」

と書いています。
これは、東のデザイナーは造形に優れ、西のデザイナーは色彩感覚に優れているということ。
トリックアートで有名な東のデザイナー・福田繁雄さんを思い浮かべると、妙に納得してしまう言葉です(おっと、福田さんに色彩感覚がないと言っているわけではありませんよ)。

福田繁雄のトリックアート・トリップ

福田繁雄のトリックアート・トリップ

  • 作者: 福田 繁雄
  • 出版社/メーカー: 毎日新聞社
  • 発売日: 2000/07
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 

企業広告やロゴマークや店舗デザインを数えきれないほど手がけてきた一光さんですが、強烈な個性を前面に押し出して、何でも自分の土俵に引っぱりこんでしまうような人ではありませんでした。
あくまでテーマを優先し、自分の造形には固執しない。最善の作品をつくるためには、「自分以外の才能を進んで起用する」。いつでも裏方に徹しながら、しかし出来上がった作品には、まぎれもない「田中一光の色」が際立っているのでした。

 私のデザインの基本的な考え方は、企業とデザイナー、社会とデザイナーという双方向のチャンネルを常に確保しておくという点である。クライアントとの関係だけでデザインするだけでなく、消費者や観客の立場でデザインする。常にその三角形を意識しながらそれぞれを頻繁に往復することで、デザイン本来の姿に戻れると思っている。
 ……デザインの総合性という観点から、時にコピーやイラストレーションなどを他人に依頼するほうが、美しい三角形となることが多い。つまりキャスティングによってアートディレクションの半分は完成するわけで、それは演劇を上演する作業ととても似ているのである。(『われらデザインの時代』211ページ)


この一光さんの自伝。松竹少女歌劇のレビューに夢中だった少年期に始まる個人の歴史にからめながら、日本のデザイン界の発展と成熟、戦中戦後の世相なども生き生きと語られていて、とてもおもしろいです。

  • 作者: 田中 一光
  • 出版社/メーカー: 白水社
  • 発売日: 2004/04
  • メディア: 単行本

 


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コメント 11

たかち

フェラガモ展のポスター素敵です!
写楽二百年祭の色使いは「日本」を感じさせますね!
昭和の偉人ですね☆
by たかち (2006-04-06 19:43) 

チヨロギ

たかちさん 
どちらもいい色でしょう? 書体もかっこいいんですよね。
こういう色遣いをどっかで真似できないかと思うんですが、
どうもちぐはぐになってしまって。
東の人間だからなぁ~(と言い訳してみたりして)
by チヨロギ (2006-04-07 00:10) 

shuri

田中一光さんのことは知らなくても、きっとみんな目にしていますよね。
展覧会に足を運びました。本当に素晴らしい作品の数々。
あの方の上品で優しく、凛とした雰囲気も大好きで。
日本が誇るデザイナーですね。
by shuri (2006-04-08 04:14) 

チヨロギ

shuriさん、こんにちは。
回顧展は、あぁ行かなきゃ、行かなきゃとあせりながら、つい後回しにしているうちに時機を逸してしまいました。バカですね・・・。
>あの方の上品で優しく、凛とした雰囲気
ほんとにそうですね。仕事に対する真摯な姿勢がにじみ出ていました。
社会とデザインとの関係、デザイナーの存在意義を、常に問いつづけている方だったと思います。異分野との交流も精力的になさっていたし。
そういう視点を持たないデザインは、どうしても内にこもりがちで芯が弱い気がします。その意味でも一光さんは偉大でしたね。
by チヨロギ (2006-04-08 12:26) 

はい、東の人間なので、絵はヘタで作る方が得意です(笑)。
セゾングループのデザインは、確かに素晴らしいものがあります。
嫌でも目に留まる色彩と、斬新なデザインは有名ですものね☆
私も、デザインを少しやっていましたので、分厚い本と良く睨めっこしました。ロゴのデザインとかは、かなり頭を悩ませる仕事です。
デザインの仕事は、クライアントの意向が重視されがちですが、やはり消費者の感覚に訴えるものがヒットに繋がると私も思いますね。
by (2006-04-08 23:17) 

チヨロギ

saraさん 
いや、東は造形がうまいということで、絵がヘタって意味じゃありませんから~(^_^;)
実際にデザインに携わっていたsaraさんですから、その苦労もよくご存じなのでしょうね。ロゴなんてほんとに大変そう。
無印良品のロゴとか、すっきりしているけどちゃんとコンセプトを主張していて、いつまでも古びないデザインだと思います。
デザイナーに必要なのは「最良の生活者」であることだと一光さんは書いています。だからこそ、「消費者の感覚に訴えるもの」が生み出せるのでしょうね。
by チヨロギ (2006-04-09 02:30) 

柴犬陸

田中一光さんというと、やはり「無印良品」を思い出します。
亡くなり方もなんだか劇的だった印象がありますね。
田中さんについては、詳しくないので、チヨロギさんの記事で勉強させていただきました。
by 柴犬陸 (2006-04-09 02:53) 

私って、本当に絵がヘタなんですよぉ。(^^ゞ
イラスト描けたら良いのに!って良く思うんですけど。
作る方は結構得意なので、小さい頃から編み物とかやっていましたが。
田中さんのデザインは、独特な"雅の色"を使用していながら、上品に整っている。斬新なのに、温かみが有るんですよね☆ (^-^)
by (2006-04-09 15:27) 

チヨロギ

>柴犬陸さん 
突然のニュースで驚いたのを覚えています。
一光さんは独り住まいだったので、亡くなっているのを翌日
お弟子さんが発見したと聞いたような・・・。不確かですが。
デザインがすばらしいだけでなく、理論もしっかりした方で、
またエッセイの達人でもありました。
by チヨロギ (2006-04-10 00:40) 

チヨロギ

>saraさん 
しまった! ワタクシ造形も不得意でした。
東も西もありませんねー、これでは^_^;
saraさんは器用なのですね。うらやましいです。
謙遜なさるけど、絵のほうも基礎から勉強されているのですから、
わたしなんかの「ヘタ」とはレベルが違いますよ~!
一光さんのデザイン、ほんとに品があって温かいですよね。
次世代の松永真さんやサイトウマコトさんは、ちょっと苦手です。
by チヨロギ (2006-04-10 00:41) 

チヨロギ

◇kakoraさん、こちらにもnice!をありがとうございます。
やっぱりおわかりでしたね(笑)
by チヨロギ (2007-02-10 00:41) 

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