「太陽」

終戦記念日だった8月15日を選んで、銀座の小さな映画館に足を運びました。

『太陽』――ロシア人映画監督が、昭和天皇を描いた映画です。

 

 　パンフレット。黒い表紙に真っ赤な帯

 

監督はアレクサンドル・ソクーロフ。といっても、わたしは1作も見たことがありません。
すでに『モレク神』でヒトラーを、『牡牛座』でレーニンを描いており、「個人的な悲劇に苦しむ英雄」を描く映画4部作の、3作目にあたるのがこの『太陽』だとか。

主なキャストは、昭和天皇にイッセー尾形、侍従長に佐野史郎、香淳皇后に桃井かおり。
ここには第二次世界大戦・敗戦前後の昭和天皇の日々が、静かに美しく描かれています。
もちろん、静かに見えるのは映像の上でのこと。地下防空壕での朝食シーンに始まり、降伏の覚悟を語る御前会議、愛する息子への手紙、占領軍総司令官マッカーサーとの会見、そして神格を返上する「人間宣言」まで。天皇は、そして日本は、大きな歴史のうねりの中にあります。

天皇が午睡の中で見る東京大空襲の悪夢。また、GHQ本部に向かう車の中から見る、焦土と化した東京。全体に幻想的な雰囲気が漂うなかで、この2つの光景は鮮烈な印象を残しました。
一緒に映画を見た母は、まさにこの戦火の東京を生き延びた人なのですが、彼女によれば当時の東京は、映画に出てくる廃墟そのままだったそうです。知らない世代から見ると、少しSFチックなんですけど、これが現実なんですよね。

イッセー尾形の演技は、最初少し違和感がありましたが、とてもむずかしい役どころをうまく演じていたと思います。神の役割を背負わされた一人の人間としての苦悩と、昭和天皇という人物が持つ特異な個性と。会話の端々に表われるユーモアも、なかなか味があります。
それから、最後にちょこっとしか出てこない桃井かおり。でも、ある人物の自決をめぐる侍従長と天皇とのラストシーン、その激しい目力でしっかり存在感を示していました。

監督「戦争を、人殺しをなす世界の男たちに怒りを！　あたかもそのように二人を見つめてください」（スタッフによる撮影ノートより）

 

＊＊＊

この映画、海外ではとっくに上映されて話題を呼んでいながら、日本ではデリケートな題材であるため、公開がむずかしいと言われていました。
やっと公開が決まったと思ったら、東京「銀座シネパトス」と名古屋「シネマスコーレ」の2館のみ。
東京では毎回立ち見が出るほどの盛況だというので、思いきって「ぴあリザーブシート」を予約しました。おかげで行列を尻目に、悠々と入場。

銀座シネパトスに行くのは今回が初めてです。
この映画館がある三原橋地下街って、「○○のおもちゃ」みたいな怪しげなお店も並んでいたりして、ちょっと独特の雰囲気・・・。
それに上映中、何かゴーゴー音がするなぁと思ったら、地下鉄が通過する音なんです。
いやー、びっくり。さすが銀座と言うべきでしょうか。

　映画館入り口

 

映画館に並ぶ人たちの顔ぶれは、年配のご夫婦からサラリーマン、若いグループまで、年齢も雰囲気もさまざま。
意外に幅広い層の関心を集めているようですね。

　入場待ちをする人びと

 

報道によると、銀座シネパトスでは初日と公開後1週間の動員・興行収入記録を塗り替えたそうで、急遽関東地方での拡大ロードショーが決定したとか。
地方での上映決定館も、続々と増えているようです。

テーマがテーマだけに、感じ方は人それぞれだと思いますが、わたしはこの映画、見てよかったと思っています。

『太陽 The Sun』公式サイト　http://www.taiyo-movie.com/

太陽

• 出版社/メーカー: クロックワークス
• 発売日: 2007/03/23
• メディア: DVD

コメント 20

ちょうど、靖国神社をめぐる昭和天皇の言葉が話題になっている時期。
タイムリーです。
ヒトラー、レーニンを映画化するのも、たやすくはないのに、才能ある、面白い監督さんのようですね。
お母さまと一緒に、８月１５日に観劇したこと、チヨロギさんの意思を感じました。
実は、私も「紙屋悦子の青春」の記事を、８月１５日１２時にこだわってupしました。
by 柴犬陸 (2006-08-17 11:10) 

三原橋地下、銀座でバイトしていた大学時たま～に行ってました(*^-^*)
戦争というものを学習した時、昭和天皇はあまり目立って「習わなかった」ので
未だにただ「戦争ってコワイナ」位しか感じていませんでした。
こういった側面からもみてみるのは大切なことですよね。
by shikayu (2006-08-17 15:22) 

銀座はブラついていると、隠れた場所に小さな映画館がありますね。
順次全国拡大ロードショーと出ていましたから、上映に期待します☆
こういう映画こそ観たい！思いますね。実在した人物の人間模様。
昭和天皇は、常に大きな重みと悲しさを漂わせておられたと思うし。
今、予告編を見てみたら、素晴らしい映像美に感激しました！
空襲のシーンは物凄くて怖いけれど、昭和初期の実際の出来事・・・。
益々観たい！素晴らしい映画の紹介、ありがとうございます☆ (^-^)
by (2006-08-17 16:28) 

◇柴犬陸さん◇
例の発言が明らかになったことが、この映画の動員に少なからぬ影響を与えていると思います。両者はまったく関連がないのに、偶然にもプライベートな天皇の姿を伝えているんですよね。もちろん映画はフィクションですけれども。
20世紀の歴史を異なる角度から捉え直そうとする監督の意気込み、すごいと思いました。悲劇を繰り返さないためには過去を知る、イメージすることが第一歩ですよね。
私も柴犬陸さんの記事を読んで、この日を選んでupされたのだなと思っていました。「紙屋悦子の青春」、ぜひ観たい映画です。
by チヨロギ (2006-08-17 18:50) 

◇shikayuさん◇
銀座にはよく遊びに行ったのに、三原橋地下街の存在を、私はまったく知りませんでした。
shikayuさんが行かれたのは映画館？　居酒屋？　それとも、まさか・・・（爆）
学校で教える歴史って、微妙な問題は避けて通るようなところがありますよね。
文字に書かれた歴史が事実のすべてではないわけですし、何度でも、いろんな見方で過去を振り返ることが大事なんだと思います。
by チヨロギ (2006-08-17 18:52) 

◇saraさん◇
この映画館、小さいのはいいんですけど、遮音性に少々難ありです・・・(>_<)
「太陽」はドキュメンタリー映画ではないので、史実と異なる部分ももちろんあるのですが、人間・昭和天皇の内面にここまで踏み込んだ作品は、おそらくなかったのでは。イッセー尾形の演技力も含めて、一見の価値はあると思います。
（独特のクセや、一種の「かわいさ」まで含めて、本当にそっくり！）
戦争映画や政治映画のようにドラマチックな展開はなく、静かに引きこまれていくような映画でした。
秋ごろには、saraさんのお近くでも上映されるといいですね。配給会社、がんばれ～！
by チヨロギ (2006-08-17 18:54) 

昭和天皇を描いた映画の監督がロシア人ってのがさらに興味をそそります！
おおっ！成田でも上映するじゃないですか！行かねば！！
こーゆー作品は「日本人だからこそ観なくちゃいけない」はず。
史実と違っていたとしても現実に起こったことだし、教科書に書かれていない部分なら、なおさら観なくては！！
by たかち (2006-08-17 19:45) 

◇たかちさん◇
日本人監督だったら作品がどうしても政治的な意味を持ってしまうところを、外国人監督なので、とてもニュートラルな感覚で描けているんです。そのぶん観る側も、身構えずに自由な気持ちで作品に入りこむことができます。
新しい視点から歴史を眺めること、文字の表面に出てこない歴史の裏側を想像することは、未来を創るために大事なことだと思うんですよね。
地味な映画ですが、成田での上映が始まったら、ぜひ！
by チヨロギ (2006-08-18 01:32) 

日本の戦争なのに、海外の方の監督がなさったのですか…
大事な話なのにな。
でも海外の方のが、伝える上手さがあるんですよね。
絶対に戦争はしてはならないです。もう日本での悲劇も、海外の戦争＆紛争も一部の人間のエゴで行ってはいけないと思います。
by (2006-08-18 02:33) 

　タイムリーな情報をありがとうございます。来週寄ってみます。「シネパトス」…銀座でも、あそこまでは足を延ばさない場所ですね。春だったか『３丁目の夕日』をまだ上映していたので、前まで行ったのですが時間が合わず入らずじまいでした。「シネパトス」も神楽坂下の「飯田橋ギンレイホール」も、なつかし映画館って感じですね。
by 柴犬弐号 (2006-08-18 21:54) 

◇ビッケママさん◇
そもそも「日本での公開はむずかしい」と言われていたこと自体、おかしいですよね。日本人なのに観たくても観られないなんて。何でもやたらにタブー視するのは、日本人の悪い癖かもしれません（苦笑）
監督はロシア人とはいえ、当時のことを綿密に調べあげているようですし、その天皇観は意外なほど日本人的で、うちの母は非常に共感しておりました。
なぜ戦争に至ったのか、まず過去と向き合うことから始めなくてはなりませんね。たとえ一部の人にとって不愉快な過去であっても。
by チヨロギ (2006-08-18 23:11) 

◇柴犬弐号さん◇
シネパトス、ご存知でしたか。周囲とは違う時間が流れているような、不思議な場所ですよね。4丁目の交差点を起点にすると、4本の道路のうち、なぜかあの方向にだけは足を延ばしたことがありませんでした。歌舞伎座にも縁がないですし。
「太陽」はかなり混んでいて、毎回整理券を配っているようです。時間に余裕を持って行かれることをおすすめします。
ギンレイホールには、神楽坂にいた頃に何回か行きました。こちらは佳作座と違って、まだ健在のようですね。懐かしい～！
by チヨロギ (2006-08-18 23:12) 

この映画も、なかなか評判がいいようですね。（「この映画も」というのは、
今、柴犬陸さんのところで『紙屋悦子～』のコメントを書いたところなもんで）
シネパトスって、私が好きなぬいぐるみショップ、ドールインセイコの近くですわ、確か。
見に行きたいけど、人込みで並ぶのは苦手なので、少し落ち着いた頃に行きたいなぁ。
いつまで上映するのかしらぇ…。
ところで、ロシア人監督だけど、字幕じゃないですよね…
イッセー尾形が喋るんだもんねぇ（笑）
by 柴壱 (2006-08-19 23:48) 

◇柴壱さん◇
ぬいぐるみショップもシネパトスも、私は全然知りませんでした！
あの映画館はなかなか個性的ですね。
いまは何しろ混んでいるので、早めに並ぶか指定席になってしまいます。
涼風が立つ頃になったら、ぜひ。（なーんて、もう終わってたりして^^;）
ご心配（？）の字幕ですが、もちろん日本人同士の会話にはついていません。
ただ、マッカーサーと天皇が会見・会食する場面は字幕付きです。
イッセー尾形もちゃんと英語、しゃべってますよ～（笑）
by チヨロギ (2006-08-20 19:15) 

◇mogmogさん、nice！ありがとうございます。
by チヨロギ (2006-08-22 01:58) 

見てこられたんですね　　私も見たいと思った映画です
この映画のことを　いつかなぁ　TVで取り上げていたんですよ
でもこちらでの上映はなさそうで　DVDになるかを待つのみです
そうなってほしいと思った作品です
by kakora (2006-08-25 21:57) 

◇茅ヶ崎住人Rさん、nice！ありがとうございます。
by チヨロギ (2006-08-26 12:24) 

◇kakoraさん◇
時間の流れ方や映像は静かで重々しく、いかにもロシア映画という感じなのですが、昭和天皇の描写は意外と日本人の感性に近くて、なかなか興味深い映画です。
山形フォーラムという映画館で上映予定のようですが、米沢からは遠いのかしら？
ただ、全国的に上映館があまりに少ないですよね。早くDVD化されたらいいなと思います。
by チヨロギ (2006-08-26 12:27) 

山形フォーラムで？　諦めていて調べいなかったんです
ここからは１時間ですが　行ってみようと思います
ありがとうございます。
by kakora (2006-08-27 11:24) 

◇kakoraさん◇
１時間でしたら、うちから銀座へ行くより近いかも！（笑）
記事にリンクを貼った公式サイトの「映画館」というところに、
山形フォーラムの名前が出ています。
ただ、日程は未定のようです。早く決まるといいですね！(^.^)
by チヨロギ (2006-08-28 00:01)