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自己実現という幻想 [散読記]

むずかしいところはすっ飛ばしつつ愛読している(なんだそれ)思想家・内田樹さんのブログ、「内田樹の研究室」の中に、こんな文章がありました。


(「なぜ若者たちは働く意欲がなくなったのか」という日経新聞からの電話取材に対して)

学生たちは就職活動に全力を注ぐ。
いかに自分の能力や適性を採用者に効果的にショウオフするかに懸命になる。
そこには「自分のため」という動機しかない。
だから、就活が終わり、四月に職場に立ったとき、自分には「労働するモチベーション」がないということに気づいて若者たちは愕然とするのである。
「求職するモチベーション」と「労働するモチベーション」は別のものである。
(中略)
最初の数年は「あの人よりは自分の方が高給だ」とか「自分の方がプレスティージの高い仕事をしている」という比較意識がモチベーションを維持するかもしれないが、そのようなものはいずれどこかで消えてしまう。
そのあとの長い時間は自分自身で自分の労働に意味を与えなければならない。
けれども、「自分のために働く」人間にはそれができない。
私たちの労働の意味は「私たちの労働成果を享受している他者が存在する」という事実からしか引き出すことができないからである。(「l'un pour l'autre」より)


えーと、自分が何のために働くかといえば、何よりも「生活のため」です。身もふたもない言い方ですけど、これはどうしても外すわけにはいきません。

でも当然、それだけではないはずです。たとえば、働くことを通して何かを達成したいとか。
ただ、仕事はそれひとつで独立した“作品”ではなく、必ずクライアントやお客さんあってのものである以上、自分が価値のある仕事ができたかどうかは、相手の評価を通してしか知ることができません。

内田さんは、別の日の記事(「『若者はなぜ3年で辞めるのか?』を読む」)の中で、人間の労働パフォーマンスが上がるのは、「フェアネス」(公平性)を実現するため、または「信頼」に応えるために働くときだけだと言っています。

例として挙げているのが、阪神の金本選手の話。


阪神の金本選手は契約更改のときに、「自分の俸給を削っても、スタッフの給与を増額して欲しい」と述べた。
これを「持てるものの余裕」と解釈した人もいるだろう。
けれども、私は違うと思う。
金本選手という人はどういう条件であれば自分のモチベーションが維持できるかを経験的に熟知している。
彼の活躍を「わがこと」のように喜んでくれる人間の数を一人でも増やすことが自身のモチベーションの維持に死活的に重要であることを知っているからこそ、彼は「フェアネス」を優先的に配慮したのである。


一気にスケールのちっちゃい話になって恐縮ですが、わたしの場合もやっぱりきちんと評価して信頼してくれるクライアントが相手だと、多少ギャラが安くても(涙)、鬼のようにスケジュールが厳しくても(号泣)、なんとかがんばって仕上げようと思い、少しはパフォーマンスも上がります(たぶん)。

一方、「若者の働く意欲」については、うちの身内にも春から新社会人になる甥がいるので、内田さんの話にはなるほどと思うところがあります。
彼らが「自分を生かせる仕事がしたい」「仕事を通して自己実現したい」と言うとき、えてしてその評価基準は自分をとり巻く同年齢集団の中にしかない。閉じた円の中で自分探しをしたところで、それが働く意欲に結びつくのは容易なことではないと思うんです。
「自分らしさ」「自己実現」というキャッチフレーズは魅力的なだけに、なかなかの曲者であります。


内田樹さんのコラムはブログで読めてしまうので、本はあまり持っていないのですが(すんません)、文庫で読みやすかったのはこれ。

子どもは判ってくれない

子どもは判ってくれない

  • 作者: 内田 樹
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2006/06
  • メディア: 文庫

ホームページやブログに書いた文章に加筆したもので、教育問題や民族問題など、むずかしいテーマをやさしい言葉で語っていて、読みやすいです。


++++++++


[春のきざし?]

 

近所の枝垂桜が、ほんの少ーーーーし色づきはじめました。


タグ:内田樹 働く
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shikayu

い、いやはやチヨロギさん、数時間前にアップされて・・・(;^_^A
働かれているのに夜遅くまで、
もしやチヨロギさんて・・ロボットでは?!(笑)

「求職と労働のモチベーションは違う」
わかる気がします、就職活動はそんなに追い込まれるほど大変でもないですし・・・でも働きだしたら違いますよね、
・・サービス業の場合新規の婚礼や宴会のお客様を獲得するにはやはり「サービス」のレベルを高めることが一番でしたので、技術というよりは「最高によい思い出を作っていただきたい」という心が、重要だと思っておりました・・お客様の笑顔を頂こうと頑張っていた頃の自分が、今思うといい経験だったな・・と思います(*^-^*)
by shikayu (2007-02-27 08:01) 

mizuiro

チヨロギさん おはようございます。
>やっぱりきちんと評価して信頼してくれるクライアントが相手だと、
多少ギャラが安くても(涙)、鬼のようにスケジュールが厳しくても(号泣)、なんとかがんばって仕上げようと・・・まさしく、私もそうだったので
うんうんと頷いてしまいました。(苦笑)
今度は・・・のためにが主になっていく、
そして、しかも一番したくない方面の仕事だけに トホホという感じです。
とトホホとも言っていられないのですが。。。
いろいろとご心配をお掛けして、すみません。
気持ちは、・・・大丈夫です。
by mizuiro (2007-02-27 09:05) 

mizuiro

今年は枝垂れ桜も早そうですね。
by mizuiro (2007-02-27 09:06) 

柴犬陸

自分の仕事を評価するのは、自分ではないということを、働いていた頃に学びました。
痛感したという方が正確かもしれませんが。
不勉強で内田さんは存じ上げませんでしたが、チヨロギさんの記事でとても身近に感じられました。
なかでも、金本選手を取り上げて頂いて(身内意識です)、嬉しい限りです。
by 柴犬陸 (2007-02-27 09:24) 

たかち

う~~ん、確かに仕事を探してるときの方が志はデカイかも!
確かに自分を評価してくれてる人が相手だと、多少忙しくても仕事を手伝うしやる気は出ますね!
by たかち (2007-02-27 10:55) 

私も、印刷・広告関係の仕事をしていた時は、クライアントさんによって、仕事の質や完成度について悩んだ事もありましたから、チヨロギさんの記事を読んで、非常に納得でした!
販売の仕事もそうなんですね。お客様がいわばクライアントさんという訳で、良いお客様だと人間ですからこちらも頑張りますし、お得情報もこっそりお伝えしてしまったり(笑)。お店の販売員さんと仲良しになると、結構得しちゃう事ってありますよね。それと、最終的に決めるのは、お客様なんだと痛感しています。

先日、日刊イトイ新聞のホームページで、糸井さんが就職戦線においての面接の乗り切り方について書かれていたのを読み、マニュアル通りに答えて合格しても、仕事に就いてからは実力勝負だぞ、と思いました。それに、面接ではマニュアル通りには行かない事もありますし、最終的には熱意が一番重要視されていると、二ヶ月前には感じました。
新入社員と社会人とでは環境が違いますが、一年後にはやはり仕事の「現場」が重要になって来ると思います。私も、新店の手伝いに五時間の通勤は大変でしたが、好きな仕事なのでやり抜く事が出来ました。次は、自分のお店の開店準備ですが、今回の経験を活かして頑張りたいと思っています。
by (2007-02-27 14:19) 

根本の問題は「働かないと食えない」という、ごく当たり前の“真理”がいまの時代に求められていないように思うのです。自分の時代、学生のころから「飯を食う」こと(手段)を考えることは当たり前のことであって、モチベーションうんぬん以前だったような。卒業してまで親の面倒になるなんて、やはり恥でしたね。
そういう意味の価値観の喪失もひとつの現実なのでしょうねぇ。
by (2007-02-27 16:35) 

noric

う~ん、考えさせられるね。
by noric (2007-02-27 17:36) 

チヨロギ

◇shikayuさん◇
えっとー、ロボットというのは褒め言葉と捉えてよろしゅうございますか? ちがう?(笑)
9時5時の勤務時間ではないので、そんなに早起きではないのです~^^;

求職のモチベーションって、甥の就職活動を見ていてつくづく感じたことなんです。同年齢集団の中でいかに勝ち抜くかが重要で、就職がゴールみたいに考えてしまっているんですよね。いやはや。
サービス業だとお客さまの評価がストレートに返ってくるので、そこが大変なところでもあり、働く喜びでもあるんじゃないかと想像します。
shikayuさんの細やかな気配りとサービス精神はきっと、ホテルウーマンとしてのキャリアが原点なんですよね(^.^)
by チヨロギ (2007-02-28 02:56) 

チヨロギ

◇mizuiroさん◇
自分にはとてもできない、向いていないと思う仕事でも、続けているうちに何かしら得るものはあると思うんです。
サラリーマンなら取引先、サービス業ならお客さま、専業主婦なら家族と、それぞれ相手はちがっても、自分への評価や信頼がモチベーションを高めてくれることは一緒なんですもの。
晴れる日もあれば雨の日もありますけど、おたがい・・・のために、がんばりましょうね(^^)

枝垂桜はせっかく色づいてきたのに、ここ数日の寒さでフリーズしてしまいました^^;
by チヨロギ (2007-02-28 02:57) 

チヨロギ

◇柴犬陸さん◇
そうなんですよね。自分がいくら成し遂げたつもりでも、相手が評価する出来でなければ意味がありません。
私など、いつも仕事の遅さと出来の悪さにヘコんでばかりです(^^;
内田さんは神戸女学院大学で教鞭をとるかたわら、合気道や居合道をたしなむ武道家でもあります。
金本選手の部分、じつは阪神ファンの柴犬陸さんを思い浮かべつつ書いたんですよ。えへへ。
by チヨロギ (2007-02-28 02:57) 

チヨロギ

◇たかちさん◇
実際に働いてみると、求職中に思い描いていたとおりにはなかなかならないものですよね。
でも、自分を認めてくれる人のためだと、処理能力がいつもの3割増しぐらいにアップしそう!
気のせいかもしれないけど^^;
by チヨロギ (2007-02-28 02:58) 

チヨロギ

◇saraさん◇
どんなジャンルの仕事であっても、働くことを通して得られるものは共通していますね。
saraさんはほんとうに幅広い経験をお持ちだから、働くことの意味についてのお考えもいろいろあるかと思います。
そうそう、販売員の方と親しくしておくと、「これはセールに出るから今は買わないほうが・・・」なんて情報を教えてもらえたりしますよね(^.^)

ほぼ日に面接の記事があったのですか?
何かの販売のときばかり熱心に閲覧するという不真面目な読者なので(笑)、全然知りませんでした。
今度読んでみますね。情報ありがとうございます。
通勤に5時間もかかったとは、大変でしたねー。
例のJR事件もありましたし・・・^_^;
いよいよ開店準備が始まりますか。一からの店づくり、楽しみですね(^.^)
by チヨロギ (2007-02-28 02:59) 

チヨロギ

◇cocoa051さん◇
「働かざる者、食うべからず」という言葉、最近はあまり聞かなくなりましたね。
簡単に仕事を辞めてしまうのは、辞めても生活に困らないからで、これをはたして「豊かさ」と言っていいものかどうか。考えてしまいます。
自立がむずかしい時代になりましたね。親も子も。
by チヨロギ (2007-02-28 03:00) 

チヨロギ

◇noricさん◇
人は何のために働くのか。永遠のテーマかもしれません。
by チヨロギ (2007-02-28 03:01) 

こんにちは!
記事のタイトルだけでも、アレコレと思いが広がります。
忘却の彼方に沈みかけていた、大学生の頃の自分をたくさん思い出しました。
「自己実現」というものをとても過大に思い描いていたように思います。
究極の目標というか、無二のものというか。
それを万が一実現してしまったら、あとには何が残るんだろう?とさえ思っていたことを思い出しました(苦笑)
自己実現の果てに“完成された自分”があるというような幻想を、すこし疑いながらも抱いていたのかしら。
人間の一生に、完成とか完全なんて、あり得ないでしょうに……。
当時から思えばずいぶん大人になってしまって(なりすぎ;;)、自分に甘くなったり、小ズルい考え方も色々取り入れた今では、「自己実現」とは「もっとスケールの小さなものの連続」になっちゃいました。
あれ?就職活動とか労働意欲のテーマとずれてしまいましたね。
失礼いたしました^^;
by (2007-02-28 12:13) 

チヨロギ

◇梨花さん◇
こんばんは~(^.^)
梨花さんの言葉にとても共感します。
私も就職したての頃は、自分が本当にやりたいことって何だろうとか、自分を生かせる仕事がしたいとか、ほとんど強迫観念的に「自己実現」を求めていたような気がします。
 >人間の一生に、完成とか完全なんて、あり得ない
そうなんですよね。むしろ、自分にできないことに突き当たっては、勉強してクリアして、の繰り返し。
でも、「スケールの小さなものの連続」のほうが、独りよがりに思い描く「自己実現」よりずっと総量は大きいし、豊かなんじゃないかなぁという気がしてきました。
なんだかやる気が出てきそうです(笑)。ありがとうございます^^
by チヨロギ (2007-03-01 00:35) 

チヨロギ

◇かのとさん、いつもnice!をありがとうございます。
by チヨロギ (2007-03-02 03:15) 

mizuiro

ほえ~、次記事見ちゃいましたが、すぐできないので
いつかっとここでこっそり言います(笑)
by mizuiro (2007-03-02 07:44) 

チヨロギ

◇mizuiroさん◇
あらら、プレッシャーをかけてしまいましたか?^^;
バトンの受け取りは気になさらないでいいんですよ~。“地雷”はあくまでジョークですから(笑)
私もいつもは受け取ったパスをスルーしてしまうことが多いんですが、今回はあまり悩まずに答えられそうな質問だったので、あえて地雷を踏んでみました。
mizuiroさんのカバンの中身は気になりますけど^^;、記事は気軽に読んでいただければOKです!
バトンは気が向いたり、ブログネタに困ったり(笑)した時に拾ってみてくださいね(^^)
by チヨロギ (2007-03-02 13:11) 

mizuiro

根がまじめなので・・・プレッシャーを感じました。
( *^艸^) プッ ・・・ ウソです (^^;)
by mizuiro (2007-03-02 18:43) 

チヨロギ

◇mizuiroさん◇
あ、mizuiroさんも?
私もですー、もうまじめすぎて肩がバリバリ(←大ウソ)
by チヨロギ (2007-03-03 02:16) 

チヨロギ

◇Yuseumさん、nice!をありがとうございます。
by チヨロギ (2007-03-05 00:12) 

ダーリンコラム、<面接試験の傾向と対策とつまらなさ>でした。
やはり、面接が勝負では無くて、入社してからが勝負ですよね~。
無理に気に入られようとした結果、入社したら自分と合っていない会社だったら、かなり悲惨だと思うし。無理しない方が良いのでは? と思ってしまいます。長い目でみると。なので、糸井さんのこの文章は、とても的を得ていると思いました。(^-^)

http://www.1101.com/darling_column/2007-02-19.html
by (2007-03-05 02:16) 

チヨロギ

◇saraさん◇
ありがとうございます! ダーリンコラム、じっくり読みました。
あそこに書いてあることがそのまま甥に当てはまる気がして、おばさんとしては入社してからの彼が非常に心配です。
といっても、私も初めての就職活動の頃は、想定問答とか必死でやっていたかも^^;
次々と面接で落とされると、まるで人格を否定されたような気がして、自信を喪失してしまうものです。
でもたしかに、入社してからが本当の始まりなんですよね。
saraさんを見習って、私も精進しなくちゃ!(^.^)/
by チヨロギ (2007-03-06 02:16) 

チヨロギ

◇yutakamiさん、こちらにもnice!をありがとうございます。
by チヨロギ (2007-03-06 02:19) 

>次々と面接で落とされると、まるで人格を否定されたような気がして、自信を喪失してしまうものです。
本当に、同感です! 本当は会社側では、良さそうな人物の中から、「職場に近い」とか「年齢的に丁度良い」という単純な点から決めていたりするのに。面接を受ける方は、必死ですから「選ばれなかった」イコール自分はダメなのか、と考えてしまいます。
売り手市場だった頃には、「どうぞ入社して下さい」だった企業が、今や都合良く「若者達を振るいにかけている」。何とも、怖い現実ですよね。だからこそ、若者達は面接試験に必死になっているのではないでしょうか。

実は、私の今の会社は面接の後に性格診断テストが有ったんです。
ちょっと変わった会社だな、と思ったのですが、入社してみたら店長とも同僚とも、凄く気が合ってしまって。仕事が楽しいんですよね。今のところ、3人共血液型がO型で、方向音痴です(笑)。性格診断で血液型や方向音痴までは分らないと思うのですが、まあ結果が良かったのでラッキーと感謝しています。(^-^)
甥子さんも必死で頑張られたと思いますし、社会に出られて益々大きくなられると思います。素敵な叔母様もついてますから、心配無いと思います☆ (私が太鼓判を押しますね~。(^-^)/
by (2007-03-07 01:38) 

チヨロギ

◇saraさん◇
面接を受ける側の「働きたい」という気持ちは、いつの時代でも同じだと思うのに、企業は景気に左右されて人事の姿勢が変わってしまうんですね。
私は幸い経験がないのですが、「圧迫面接」で意地悪な質問やセクハラ質問をされて、女子学生が泣いてしまったという例も聞きます。
「ストレスへの耐性を見るため」というのが企業の言い分ですが、こんなひどい話、採用する側の“驕り”だという気がしてなりません。

入社テストに性格診断を採用するなんて、おもしろい会社ですね^m^
でもスタッフ同士の相性って、すごく大事だと思います。
人間関係がうまくいっているところは職場の雰囲気も明るくて、それが外部の人間にもしっかり伝わるんですよね。
とくにサービス業の場合、そういう居心地のよさはお客さまにも伝わって、売上げ的にもいい影響を及ぼすのではないかしら。
逆にドヨーンとしていたり、ぎすぎすしていたりすると、そこには寄りつきたくない感じ(笑)
そういう会社、身近に実際あるんですよねー(;-_-) =3 フゥ
太鼓判、ありがとうございます! 甥は先日どうにか卒業が確定しまして(笑)、最後のアルバイト生活に精を出しています(^.^)
by チヨロギ (2007-03-07 12:12) 

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