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「心地よく秘密めいたところ」ピーター・S・ビーグル [散読記]

わたしはカラスという鳥が意外と好きである。
あの、とても優美とはいえない飛び方と、人を小ばかにしたような鳴き声。そして、熟した甘柿を絶妙のタイミングでかすめとる要領のよさ。
以前、兄の子どもが子ガラスを拾ってきて面倒をみていたという特殊な事情も影響しているんだけれど、どうも他人とは思えないというか、親しみを感じてしまうんですよねー。

なので、meiteiさんの「カラス雑感」を読んで100%共感してしまった(記事はこちら)。

カラスというのは、よく見ていると、こいつらほんとは中に人が入ってるんじゃないか、という妄想を抱いてしまうほど、動き、しぐさが人間っぽいところがある。こちらが観察しているつもりでも、実はカラスの方がこっちを観察しているようで、全く油断がならない。
……一般的なイメージとしては、都会のカラスというのはほんと悪者扱いなのだが、僕はこのカラスが結構好きだ。ちゃんと自分たちの見識というものを持ち、現実世界に適応し、したたかに生きている。(「カラス雑感」より)

集積所の生ゴミを食い散らかすのはたしかに困りものだけど、うちの近所ではネットや金網で集積所を覆うようになってから、カラスや猫による被害はかなり減った。
むしろ、そのぶんハトが増えてしまって、今年の秋は隙あらばベランダに巣づくりを始めようとするハトたちとの格闘の日々がつづいた。まったくもう、自分の領分ってものがわかってないんだから。カラスとは大違いだ。


カラスが好きなのにはもうひとつ理由がある。ずいぶんむかし、兄に借りてこれを読んだせいだ。

心地よく秘密めいたところ

心地よく秘密めいたところ

  • 作者: 山崎 淳, ピーター・S・ビーグル
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 1988/10
  • メディア: 文庫

この小説の舞台はニューヨークの共同墓地。主人公のジョナサン・レベックは、もう19年間もここで暮らし、さまよう死者たちの話し相手になっている。
そこに登場するのは、死者のマイケルとローラ。夫を亡くしたばかりのクラッパー夫人。墓地の管理人カンポス。
そして、墓地の外からレベック氏に食べ物を運んでくるカラスである。

レベック氏の話では、死者は毎日少しずついろんなことを忘れていく。どんな音楽が好きだったか、何を勉強していたか。かつて誰かを愛したり憎んだりしたことさえ忘れ、最後は人間の姿である必要もなくなって、どこかへ漂って行ってしまうという。

人生に執着する死者のマイケルは、できるだけ長い間人間らしく存在しつづけたいと願い、諸々のことを忘れないために涙ぐましいまでの努力をする。
一方、あとからやってきた死者のローラは、死ぬのを「待ちくたびれていた」と言い、何を忘れようが気にかけないように見える。
ところが、墓地の外のヨークチェスターの街が見渡せる塀の上に座ったとき、マイケルはローラに「どんな音が聞こえるの?」と訊く。

「ぼくらが聞く音は、すべてぼくらが覚えている音なんだ。人の話や、電車や、流れる水がどんな音か、ぼくらは知ってる。(……)でもぼくは、ヨークチェスターがまとめてどんな音だったかちょっと思いだせない。あんまり注意していなかったためだと思うな」(224ページ)

ローラには街のさまざまな音がはっきり聞こえてくる。

車の警笛、路上の罵声、暑熱の中の子供の泣き声、事務所が入っている建物の中の電灯のスイッチをつけたり消したりする音、(……)バスの料金箱の中で硬貨がぶつかる澄んだ音さえ聞こえた。(221ページ)

聖書や詩は暗誦できても、自分がどんな顔をしていたかさえ覚えていないマイケルと、街の雑踏や騒音のひとつひとつを生き生きと思いだせるローラ。人生との向き合い方を物語るこの違いは、2人が死んだいきさつとも深く関わり、このあと急展開するストーリーへの伏線にもなっている。

 
さて、カラスのほうは、レベック氏に食べ物や本を運んできたり、ゴミを片づけてやったり、いわば養い親みたいな存在だ。カラスはその理由をこう話す。

「鴉は、人間にいろんなものを運んでくる。おれたち鴉はそういう生まれつきなのよ。(……)鴉は、何か運んでやる相手をだれか持ってないと落ち着かないんだ。やっとそんな相手が見つかると、運んでやる馬鹿馬鹿しさに、たちまち、気がつくってわけよ」
「鴉って鳥は、かなり神経症なんだ。ほかのどんな鳥よりも、人間に近いんだぜ。そして、おれたち鴉は、一生、人間にしばられて暮らすけれど、だからといってよ、人間好きになる必要なんかないんだ」(14ページ)

重たいロースト・ビーフ・サンドイッチをくわえてヨタヨタと羽ばたき、無断でヒッチハイクしたトラックの荷台で車酔い。それでいたくプライド傷ついているカラスは、なんとも言えずほほえましい。

初めて読んだときから20年ぐらい経っていると思うけど、いまだにカラスを見るとこのキャラクターが思い浮かんでしまう。人生の深遠なる意味や目的など鼻で笑ってみせ、それでいて何気ない日常の愛おしさに気づかせてくれるような。忘れられない一冊だ。


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コメント 8

たかち

なんかいい話ですね!今度読んでみよう! 
おいらはカラスは平気ですが、鳩が苦手です。
修学旅行中、平和公園で鳩に弁当を襲撃された…怖かった
by たかち (2005-12-01 16:11) 

チヨロギ

文庫本で出ているので、よかったら読んでみてね~。
きっとこのカラスは気に入ってもらえると思います(^・^)
うわ、ハトの襲撃なんて、ヒッチコック映画みたいで怖そう!
by チヨロギ (2005-12-01 23:11) 

meitei

うわあ、うれしい記事っす。カラスってやっぱり人間に近かったんですね(笑)。
 マイケルとローラの違いというのも何だか意味ありげですね。チヨロギさん、「何気ない日常の愛おしさに気づかせてくれる・・」なんて素敵すぎますよ!!!
 いやいやブログ始めてよかった(独り言)
by meitei (2005-12-01 23:28) 

降龍十八章

知る人ぞ知る幻の名作だそうですね。日本なら芥川龍之介みたいな純文学ってところなんでしょうか?とても、おもしろそうですね。
by 降龍十八章 (2005-12-02 07:43) 

チヨロギ

>meiteiさん、こちらこそありがとうございます。
エイベックス風に言うと、meiteiさんの記事に「インスパイアされた」って感じでしょうか(え、違う?)。
マイケルとローラの話、ほかにもいろいろ書きたいことはあったのですが、ネタバレになるのでグッとこらえました。機会がありましたらぜひご一読くださいませ。
ほんと、ブログって楽しいですよね~。また隙あらば襲撃しますのでどうぞよろしく(笑)
by チヨロギ (2005-12-03 01:38) 

チヨロギ

>降龍さん、こんばんは。
ビーグルは10~20年に1作という超寡作の人なので、「幻」と言われてしまうんだと思います。ジャンルでいうとファンタジーかと思いますが、正直なところ純文学との境目はよくわかりません(苦笑)。
でもおもしろいですよ~。本屋さんで見つけたら、ぜひ読んでみてくださいね。
by チヨロギ (2005-12-03 01:40) 

てつろう

カラスとサッカー
http://www.jfa.or.jp/jfaprofile/pro01_j.html
クイズ番組でよく出る話題にサッカーのエンブレムがあります
カラスは勝利に導く太陽のイメージがあったようですね
by てつろう (2005-12-03 10:11) 

チヨロギ

そうそう、日本サッカー協会は八咫烏がシンボルマークなんですよね。
神話では悪くないイメージなのに、都会のカラスはどうも嫌われ者みたいで。
人間に似ていてかわいげがないからかな~?
by チヨロギ (2005-12-03 18:01) 

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