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少年と父親とスタジアム [散読記]

ぼくのプレミア・ライフ』という本が好きで、本棚から時折とりだしては、ぱらぱらとページをめくる。

作者のニック・ホーンビィはイギリス生まれでロンドン在住。ほかに『ハイ・フィデリティ』(1995)や『アバウト・ア・ボーイ』(1998)などを書いているが、1992年に出版されたこの本がデビュー作だ。

彼はれっきとした小説家なんだけれど、この本はきわめて私的なフットボール・エッセイの形をとっている。タイトルの「プレミア」は、イングランドの「プレミア・リーグ」からとったものだ。(とはいえ、この本が書かれたころはまだプレミア・リーグという名称はなく、単に「一部リーグ」だったらしい。)

ここに描かれているのは、Fever Pitch という原題のとおり、熱病(fever)にとりつかれたようにスタジアム(pitch)へ通いつづける一人の男の、20年以上にもおよぶ日記のようなもの。
11歳の時、父親に連れられて初めて試合を観戦した日、彼は「フットボールと恋に落ち」てしまうのだ。
よりによってその相手は、当時「宇宙開闢以来最も退屈なチーム」と言われ、「超特大級のスランプ」にあったアーセナルである。

フットボール(イギリス人はサッカーをこう呼ぶ)なんて興味がないから、パス。
そう思った方、ちょっと待ってください。
私だって、この本に出てくるおびただしい数の選手名もチーム名もゲームの内容も、まったくもってちんぷんかんぷんである。
それなのにこうも魅力的なのは、きわめて個人的な体験を綴った文章の中に、確かな普遍性が感じられるからだ。
好きなチームが散々な負け方をしたり、お気に入りの選手をクビにしたり、優勝するかと期待させておいて転落したり。どうしてこんなチームを応援してしまうのかと我が身を呪いつつ、また次のシーズンにはいそいそとスタジアムに出かけていく。そんな複雑かつ単純なファン心理は、何かのスポーツに夢中になったことのある人なら、誰でも経験があるんじゃないだろうか。いや、スポーツはあまり観ないという人でも、熱病にとりつかれたように何かを好きになったことがある人なら。

もうひとつ、この作品がいいなぁと思うのは、少年が大人になっていく過程を物語として読めるところ。とくに父親とのエピソードは、懐かしくて切ない。
「ぼく」が初めて父親とゲームを観に行ったその年に、両親は別居していた。週に1度会いに来る父親と過ごす、スタジアムの午後。少年時代の「ぼく」にとって、フットボールは父親と自分をつなぐ唯一の心の接点でもあったのだ。

 

****

 

9月のいつごろだったか、帰りの電車で座席にすわっていた私の足元に、1個の野球ボールがころころと転がってきた。
隣の男性が拾い上げて、向かい側の少年に手渡す。

小学校低学年ぐらいだろうか。その少年は、オレンジ色のメガホンを首から2本ぶら下げて、読売ジャイアンツの野球帽をかぶっていた。
ニコニコとお礼を言った少年の隣には、父親らしき背広のサラリーマン。会社帰りに息子と野球観戦を楽しんできたようだ。(その日、巨人はめずらしく(!)快勝していた。)

見ていて微笑ましくなるほど、少年の顔はうれしさではちきれそうだった。
頬を赤く上気させながら、父親との野球談義に夢中である。
この少年も、野球と恋に落ちてしまったのだろうか?
よりによってその相手は・・・(むにゃむにゃ)

 

ぼくのプレミア・ライフ

ぼくのプレミア・ライフ

  • 作者: ニック ホーンビィ
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2000/02
  • メディア: 文庫


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shikayu

私はスポーツ観戦が大好きでして・・・
今でこそなかなか見にいけず、最後に見たのは「ロッテ対中国(代表)」
高校生の時はバレーボールが好きで、最初はお目当ての選手を観に行ってたんですが、だんだんバレーボール自体が好きになってしまい
小学生大会から、地方でする実業団リーグ、ビーチバレーまで、あちこち行ってました(笑)審判の資格取りたいなーとか(笑)
きっとこの本は、私にはワクワクする本かもしれません(*^-^*)
「きみの涙はまだ甘い!」
それくらい恋しちゃうってこと・・・また夢中になるもの見つけたいな(〃∇〃)ゞ
by shikayu (2006-10-03 08:00) 

柴犬陸

観戦してみると、野球は勿論ですが、ラグビーもアメフトさえも面白いと実感させられます。(テレビではあまり観なくても)
野球の贔屓チームは阪神ですので、ファン心理は手に取るように分かるつもりです。最近は強いですが、常勝チームではないから、とにかく屈折してますね。
サッカーも観るとはまりそう。
紹介有難うございました。
by 柴犬陸 (2006-10-03 09:17) 

たかち

タイトルを見たときに「サッカーか・・・」と思ってしまいましたが、これは読んでみたいです!!
サッカーって枠を飛び越えてご贔屓チームのあるスポーツ好きには「わかるわかる」って一冊でしょうね。
文庫で出てるんですね!!買わねば!
by たかち (2006-10-03 19:34) 

チヨロギ

◇shikayuさん◇
私もスポーツを観るのは好きなんですよ~♪ 自分でやるのはからっきしダメなんですけど。なんたって体育は5段階評価の2でしたから・・・^^;
最近はなかなか観に行けませんが、やっぱり生で観ると熱くなりますよね。試合が終わって野球場を出てくると、いつも声はガラガラ(笑)
そうそう、バレーボールは私も高校時代、熱狂的ファンの友人に連れられて何回か代々木へ観に行きました。すごい熱気ですよね! すぐになじんでしまいましたが(笑)
でも小学生大会まで行っちゃうとはスゴイですね~~。ぜひ審判デビューしていただきたいです!
by チヨロギ (2006-10-03 23:43) 

チヨロギ

◇柴犬陸さん◇
ラグビーやアメフトの観戦経験もおありでしたか! 私は未経験ですが、事務所のボスがラグビー狂なので、よくビデオを観ながら細かく解説されます。でもテレビよりスタジアムで観せてほしい!(笑)
鎖につながれたようにアーセナルひと筋の主人公が、試合ごとに悲しみ、怒り、狂喜する様を読んでいたら、なんだかあの万年最下位だったころ(失礼!)の阪神ファンの心理がちょっとだけわかったような気がしました。
さて今日の阪神は完封勝利、おめでとうございます! 残り試合、まだまだ目が離せないですね。
by チヨロギ (2006-10-03 23:45) 

チヨロギ

◇たかちさん◇
とりつかれてしまったら、野球ファンもサッカーファンも一緒なんですよね。
この本の主人公は、人生の節目をすべてサッカーの試合とセットで記憶しているという、とんでもないサッカーフリークなんですけど(笑)、それでも不思議と共感してしまうんです。
とくに、弱いチームに入れ込んだ経験がある人には涙なくしては読めないでしょう^^;
よろしかったら、ぜひ!
by チヨロギ (2006-10-03 23:46) 

チヨロギ

◇ビッケママさん、nice!ありがとうございます♪
by チヨロギ (2006-10-05 01:30) 

noric

野球少年と父親の話。良いですね~。
by noric (2006-10-06 17:46) 

チヨロギ

◇noricさん◇
電車の中が和んでいました(^.^)
それにしてもこの夜、巨人が勝ってくれてよかったです。
私はファンというわけではないんですけどね(笑)
by チヨロギ (2006-10-07 01:50) 

映画『アバウト・ア・ボーイ』は観ましたが、茶目っ気たっぷりな少年がかわいらしくて微笑ましい、良い映画でした☆ その方の書かれた本でしたら是非読んでみたいものです♪ 素敵な本の紹介を有難うございます。(^-^)/
私も、少しはスポーツ観戦する方なので(隠れ巨人ファンですが)、神宮やドームにも出かけました。試合観戦も楽しいのですが、その帰り道などにちょっとしたハプニングがあるのが、また良いところだと思います。電車待ちの時間に、会社帰りのサラリーマンの方から「どっちが買ったの?」なんて聞かれるんですよね♪ そういうコミュニケーションが出来るというのもスポーツの良さなんだと思います。今はまだテレビの無い生活で、ちょっと寂しかったもので、こんな本を読みたい気がします。今私が居る場所は、幸運にも図書館なんです。(^o^)v
by (2006-10-07 16:12) 

チヨロギ

◇saraさん◇
やはり映画『アバウト・ア・ボーイ』をご覧になっていたのですね。saraさんならきっとご存じなんじゃないかと思っていたんですよ~♪
『ぼくのプレミア・ライフ』はイチオシですが、『ハイ・フィデリティ』というどっぷり洋楽漬けの小説もおすすめです。文末には洋楽・洋画に関する114本もの注解がついているんですが、saraさんには不要かも(^^♪
スポーツ観戦はいいですよね。でも、なぜ「隠れ」?(笑)
私は子どものころから社会人になるまでは巨人ファンで、背番号8のレプリカユニフォームも持ってました。原よりさらに前、高田繁さんの8。(古っ!)
そうそう、知らない人とのコミュニケーションも楽しみのひとつですね。球場でも隣の知らない人と手を取り合って喜んだり。最近ご無沙汰なので、また何か観に行きたくなってしまいました。
ハードな毎日が続いていると思いますが、体に気をつけてくださいね。貴重な休日に図書館から、コメントありがとうございました(^.^)
by チヨロギ (2006-10-07 23:51) 

チヨロギ

◇茅ヶ崎住人Rさん、nice!ありがとうございます。
by チヨロギ (2006-10-09 03:14) 

チヨロギ

◇kakoraさん、nice!ありがとうございます♪
by チヨロギ (2006-10-11 01:49) 

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