迷宮入り

先週の何曜日だったか、一日の仕事を終えてボスと一緒に職場を出たところで、背広を着た白髪のおじさんに呼びとめられた。

「すみません、この近くにスポーツクラブはありませんか」

超人並みに方向音痴な私でも、そのスポーツクラブなら知っている。だって毎日その前を通るから。
名前は知らないけど、ビルの半地下にある隠れ家っぽいスポーツクラブ。知らない人には簡単に見つかりそうもない。
駅に行く通り道なので、「案内しましょう」と3人で歩きだした。

2、3分後、ビルの前に到着。
するとおじさんは、手書きの地図を見ながら首をかしげている。

「この後ろに○○倶楽部というのがあるはずなんですけど・・・」

一緒に地図を見ると、このビルを含めた大きな一画のまんなかに目的の建物があるらしい。
ただ、ビルの右も左も隣地の塀とぴったりくっついていて、通り抜ける道がないのだ。

まあ、だいたいの位置はわかっているので、別の道を探して角を曲がってみる。

・・・ない。

けっこう大きな一画なのに、ビルや一軒家やマンションがびっちり詰まっていて、どこにも抜け道がないのだ。さすが江戸時代からの密集市街地！　なんて感心してる場合ではない。

さらに角を曲がってみた。○○倶楽部をはさんで、スポーツクラブのビルとはちょうど反対側の通りに出たけれど、やっぱり入り口はなかった。
そこに確実にあることはわかっているのに、どうしてもたどり着けない。まるでカフカの『城』だね、と半分本気でボスが言った。

同じ通りを何度も行ったり来たり。3人で15分ぐらいさまよったところで、ついにギブアップ。
おじさんは別れ際に、しきりと恐縮していた。
おじさんが悪いわけじゃないのにね。

＊＊＊＊

翌朝になって、道はあっけなく見つかった。
スポーツクラブより手前の、庭にみごとな桜の巨木がある豪邸と、いつも野良猫が出入りしている古びたアパートとの間の道。
曲がり角にはご親切にも、「○○倶楽部」と書かれた小さな看板まで立っていた。

それにしても不思議なのは、小さな看板はもちろん、豪邸とアパートの境界線さえ前夜は消えていた（ように見えた）こと。
あの近くて遠い城の中に、おじさんは無事たどり着けただろうか？

 

城

• 作者: フランツ カフカ
• 出版社/メーカー: 新潮社
• 発売日: 1971/04
• メディア: 文庫

コメント 17

こんばんは。
実際けっこうそういう不思議に思うことってあるんですよね。
ただそのときは気が付かなかっただけなのかもしれませんが、どうしてってことが。
実はそこは空間がねじれていたのかもしれません。＾＾；道を尋ねたのが白髪の背広を着た老人というのも、不思議ないい感じ。

今日の少人数の会議の最中に、だれも触ってる人がいないのに、キーボードを叩く音が聞こえていた。だれもＰＣは触ってる様子はないけど、見えない位置のキーをたたいている人がいるんだなと思っていたら、ＣＤをＰＣから取り出す音が聞こえた。だれもそんなことしてる人はいません。え？その音はどこから？？
こんな話はちょっとそれとは違いますね。
by そーすけ (2006-12-12 03:24) 

次の日にソレを発見なさったチヨロギさんを想像して
なんだか私も不思議な気持ちになりました(´▽｀)（笑）
　　＞まるでカフカの『城』だね
さすがチヨロギさんのボス・・・仰ることが知的でらっさる・・・
こちら読んだことないんです（汗）タイトルと、作者のお名前が一致するだけで・・・そんなお話なのでしょうか？またもや気になってきましたｿﾜｿﾜ（笑）
おじいさん・・・見つかったのかな・・・
by shikayu (2006-12-12 11:40) 

不思議な体験でしたね
＞まるでカフカの『城』だね
ほんと　さすがチヨロギさんのボスですね
私も　タイトルだけです　＾＾；　でも　最近　買った本が読み終わったら
読みたいですね
by kakora (2006-12-12 13:46) 

チヨロギさん、こんにちは。
それは不思議な体験でしたね。
前夜はミステリーゾーンにでも入ってしまったのでしょうか(^◇^;)

カフカはたぶん、自分の性に合っていると思うけど、、、ほとんど読んでませんσ(^◇^;)
by ゆーじあむ (2006-12-12 14:53) 

不思議な状況ですね。おじさんも見つかったかも？
by noric (2006-12-12 17:56) 

ミステリーですね！！なんか楽しそう♪
ってーか、おじいさんも本当に存在してたんでしょうか？！
謎だ！！！
by たかち (2006-12-12 20:26) 

夜は、昼間見た景色と違って、有るものまで隠してしまう魔力を持っているのかもしれませんね。私は迷う方なので、初めて行く時は、なるべく昼にしています。
初めてで無くても、ネオンや車のライトが目に入り、平常心で居るのも難しいのかもしれません。その上、捜すという行為がありますと、それだけでいっぱいで余裕が無くなります。
慣れた家の中でも、探し物は、捜している時って見付かりませんものね。どうしてなんでしょうね～。(^.^)
しかし、ポツリと「カフカの城だね。」と出て来るボスは流石です。
「城」って長編だったような。長いのは苦手なので、初めの方だけでやめてしまったと思います。(^^ゞ
最近、こういう本読んでないな～、と反省。面白そうな本ですよね☆
by (2006-12-12 22:40) 

夜にはどんなに探しても見つからないのに、昼にはあっけなく見つかる。
ただ、暗いからだけ？
それとも。。。なんだか事情がありそう。
♪探すのをやめた時、見つかることはよくある話で。。
そんな歌がありますね。

それにしても、迷路ですねぇ。
私には昼間でも見つけられそうにないです。
by 柴犬陸 (2006-12-12 23:20) 

◇そーすけさん◇
こんばんは～♪
夜の闇にまぎれて気づかなかっただけとは思いながら、やっぱり変な気持ちです。知らない道ではないのに、その時はなぜかそこに道はないと思いこんでしまったみたいで・・・。
えっ？　そのキーボードとＣＤの音、そーすけさんの会社で聞いたんですか？　誰もいないのに？
いま、ぞわっと鳥肌が・・・（苦笑）。残業するのが怖くなりそうです。どうしよ～(T_T)
by チヨロギ (2006-12-13 03:43) 

◇shikayuさん◇
明るくなってみたら、まったくフツーの道だったんです！　草木が生い茂っているとか、曲がりくねっているとかじゃなくて。近所のおばさんたちが井戸端会議してるし（笑）
『城』というのは、主人公が城へ行こうとするのに次から次へと妨害するような出来事が起こって、どうしてもたどり着けないというお話だったと思います（大昔に読んだので、イマイチ記憶が・・・^_^;）。
いわゆる不条理小説っていうんでしょうか。好き嫌いが分かれるかもしれません。
おじさんのその後、私も非常に心配です(ーー;)
by チヨロギ (2006-12-13 03:44) 

◇kakoraさん◇
私は方向音痴なんですけど、ボスは逆に方向感覚の鋭い人なので、なおさら不思議なんです。
『城』は未完の長編小説なので、もしお忙しければ短めの『変身』もいいかもしれません。これまた奇妙なストーリーですが、文章は読みやすいと思いますよ～(^.^)
by チヨロギ (2006-12-13 03:48) 

◇Yuseumさん◇
そうなんです。３人そろって奇妙な迷路にはまり込んでしまった感じです^_^;
カフカの独特の味わいは、たしかにミステリー通のYuseumさんにぴったりな気がしますね～。
お手すきな時に、ぜひ一度お試しくださいませ♪
by チヨロギ (2006-12-13 03:56) 

◇noricさん◇
無事、あの建物をおじさんが見つけてくれてるといいんですけど・・・。
途中であきらめて別れたのが、なんだか申し訳ないです。
by チヨロギ (2006-12-13 03:57) 

◇たかちさん◇
同じところをぐるぐる回っている時は、楽しむというより、さすがにあせってしまいました^^;
え？！　その後おじさん自体が消えていたとか？
ひぇ～～～(＠_＠;)
by チヨロギ (2006-12-13 03:57) 

◇saraさん◇
夜の景色と昼の景色は全然違いますもんね。
たしかに平常心はなくしていたと思います！　すぐに見つかると思ったのに、どこにも道がなくて。方向音痴の私よりも、道案内の得意なボスのほうがあせっていました。
家の中で探し物をする時みたいに、いったん頭を冷やしたら、意外に早く見つかったかも？
そうです、『城』は未完の長編です。しかも、どうしても近づけない状況が延々と描かれているという、なかなか忍耐力の要る作品かもしれません^^;
by チヨロギ (2006-12-13 03:58) 

◇柴犬陸さん◇
「夢の中へ」ですね！　なんだか、その歌詞のとおりになってしまいました。
どうやら見つからない理由は、夜の闇のせいとばかりは言えないようです。

四谷の中でもこの辺りはほんとに迷路です。
江戸時代の町割りがそのまま残っているせいで、車は始終行き止まりで立ち往生しているし、初めてうちの事務所に来るお客さんは、かなりの確率で道に迷うんですよ～（笑）
by チヨロギ (2006-12-13 03:59) 

◇ビッケママさん、nice！ありがとうございます。
by チヨロギ (2007-01-02 13:30)